吸血姫 吾作
庄屋さんの屋敷は村一番の大通り沿いに建っているのだが、村の中でも断トツに大きい家なのですぐ分かる。白壁の塀に囲まれ、立派な武士の家のような立派な門構えをしていた。敷地内には大きな蔵がいくつもあり、庄屋さんの屋敷も当然まさに御屋敷というに相応しい建物だった。
この村の人々はいわゆる水飲み百姓という自分の土地を持たない百姓が多く、村の土地の半分以上の権利は庄屋さんが所有していた。そして庄屋さんがみんなの分の年貢をまとめて管理していた。なので田植えも庄屋さんがいい日取りを決めて、みんなで一気にやるのが通例になっていた。そんな大事な日を村人の半分がすっぽかしたという事だから怒るのも当然だった。
吾作は庄屋さんの屋敷の門の前に立つと、「あ〜、緊張する〜。」
と、弱音を吐いた。吾作は元々内気な性格なので、お偉いさんの前に行くだけで無駄に緊張していまうのであった。そんな吾作を見ておサエは、
「も〜、しっかりしりん〜。」
と、声をかけるのであった。おサエはこうなるのが分かっていたのである。横にいた村人も緊張しながら、
「は、入るに!」
と、声をかけた。そうして中に入っていった。
門をくぐって屋敷の玄関まで行くと、玄関の中に何人か村人がいるのが分かった。
「庄屋さん〜!吾作を連れてきました〜!」
と、いっしょに来た村人が玄関を開けると三人の他の村人が待っていて、
「お!よかった!吾作!庄屋さんがどえらい怒っとるもんでお前からも説明してくれやあ。」
「頼んだで!吾作!」
と、まだ吾作は玄関をくぐってもないのにそんな事を言われたので、ただでさえドキドキしていたのに更にドキドキしていまい、緊張のピークに達した。その横でおサエは、
(あ〜、吾作が緊張しすぎてろくに話せなくなっちゃうなあ〜)
と、思った。吾作が十分にカチコチになった時に、
「吾作来たか!上がってこっちに来い!」
と、声が聞こえた。吾作とおサエは草履をぬいで玄関を上がると、すぐに使用人が大広間の前まで通してくれた。
「吾作と嫁のおサエがいらっしゃいました。」
と、使用人が大広間のふすまを開けると二十畳ぐらいある部屋の奥に人が寝転べるくらいの大きな机があり、奥側に庄屋さんが鬼のような顔で前のめりで両手を机に着いて座っていた。そして、
「吾作!こっちに来て座りなさい!おサエも来なさい!」
と、かなり大声で吾作に言った。ただでさえカチコチに緊張していた吾作だが、その庄屋さんの形相を見て完全に舞い上がってしまい、
「は、はい!」
と、声を裏返して返事をした。おサエも(あ、これはやばいかもっっ)と、思った。
そして二人して庄屋さんの座っている机に向かった。しかし庄屋さんは吾作が近づくと明らかに顔色が変わり、
「ちょ、ちょっと待て!座るな!おまえ?本当に吾作か?」
と、言った。庄屋さんは吾作の話を聞いてはいたが予想以上の吾作の変わりように驚いてしまったのである。
吾作は、
「はい。私です。吾作です。」
と、若干オドオドしながら答えた。庄屋さんは、
「ほ、ほか。ご、吾作。ちょっとびっくりしてな。こんなん変わっとると思ってなかったもんでな。ま、まあええわ。座りん。」
と、体裁を整えて言い直した。吾作は、
「は、はい。」
と返事をした。そして吾作とおサエは机を挟んで庄屋さんの前に座った。すると庄屋さんは少しため息をついてから、
「おまえな。何でこうなったかは他の奴から聞いたけどな。おまえはおまえで話に来んとあかんだら!わしは何も知らんかったで。まあ、予想以上にえらい変わり様だで、仕方なかったんかも知れんけど、今日の田植えの日はな。適当に決めとるじゃなくて、ちゃんと神社の宮司さんと話し合ってこの日が最良だってんで決めた日なんだぞ。おまえ、それが今日半分もみんな来うへんもんで、田んぼの半分どころかちょっとしか田んぼ埋まっとらんのだわ。これがどういう事か分かるか?こんな始まりで神様仏様から見放された田畑からは豊作なんか見込めーへんっつーことだわ。おまえ責任取れるんか?」
田植えは一日で終わる訳がない。しかしそんな事は庄屋さんも分かっているはずなのに、何故か全部植えれる前提で話をされ、吾作は返事に困ってしまった。おサエも、
「あ、あの、私が昼間に庄屋さんとこ来て事情を話せばよかったんですけど。
あまりに急な事が続いて全然庄屋さんとこに言いに来る余裕がなかったと言うか・・・
本当にすいませんでした!」
と、頭を下げた。それを見て吾作も、
「す、すいませんでした〜!」
と、頭を下げた。それを見た庄屋さんは、
「あのな。頭を下げても結果は変わらんのだわ。今日という日がどんだけ大事だったか分かったか。かと言っておまえの年貢をと言ったっておまえは水呑だで年貢の義務はあ〜へんし、どうしたもんか・・・」
吾作は何か罰を受けないといけないんだと思ったが、もう頭が真っ白になっているので何も浮かばない。庄屋さんは続けて、
「そういや吾作。おまえネズミ退治を始めるって聞いたが、おまえほんな凄いんか?よかったら見せてみい。」
と、言ってきたので吾作は、
「え?ほりゃ出来ますけど・・・今・・・やります?」
と、聞いてみた。
「おお。ほいじゃやってみりん。」
と、庄屋さんが言うのでネズミ捕りをする事になった。
吾作とおサエと庄屋さんは大広間を出て縁側に出た。吾作は一人玄関から草履を持ってきて縁側の外の庭に降りた。そして、
「ほ、ほいじゃ、ネズミ捕ります。」
と、ちょっと頼りない感じの声を出したかと思うと、一瞬のうちに煙のようになった。かと、思ったら次の瞬間には両手にネズミを五匹づつ持っていた。そのあまりの速さに庄屋さんは何が起きたかさっぱり理解出来なかったが、吾作がネズミを捕まえてきたと言う事を理解したとたん、
「ひゃっっ!」
と、声を出してその場で尻もちをついてしまった。庄屋さんは吾作はとんでもない化け物になってしまったと、本能で感じたが、
(これは使える。)
とも、思った。少し考えて座り直した庄屋さんは、
「よ、よし、吾作。これからその力を使って隣村の庄屋や代官様の家のネズミ退治をしよまい。そしたら今日の事はなしにしたるわ。」
と、吾作に提案をしてきた。
「え!本当ですか!わし、やります!」
と、何も考えず了解をしたが、隣にいたおサエが、
「でも村の人たちのネズミ退治を先にせんでいいの?」
と、言った。すると、
「ほんなん、あいつらの家やったって金にな〜へんだもんでやらんでええわ。それより他の村のネズミ退治して金にした方が全然儲かるだらあ。」
と、楽しそうに庄屋さんが話した。それには吾作も困り、
「あ、いや、まあ約束しとるだもんで村の人たちからやらんといかんと・・・」
と、言っている最中に、
「何だ?おまえ!わしの言う事聞けんだかん?おまえが化け物になったもんでこんな事になっとるじゃないだか?今日の分の田植えを一晩でやれるんか?出来いへんだらあ!ほいだもんでわしの言うこと聞いとりゃいいんだわ〜!」
と、庄屋さんはキレてしまった。
吾作とおサエはちょっと引いてしまい、
「ほ、ほんな怒らんでくださいっっ。わしはただ約束を守りたいと思って言っただけだでっっ。
「ほですよっっ。ほんとにすんませんでした〜!」
と、二人で頭を下げた。しかし庄屋さんは二人に意見された事に相当頭に来てしまっており、
「よし!ほいじゃ一晩で田植えをやってみりん!ほいで出来んかったら、わしの言う事を全部聞くでいいだらあ!言っとくけどなあ!今回の事が出来んかったら、おサエ!おまえもうちで奉公してもらうでな!覚悟しときん!」
その言葉を聞いたおサエは、
「ええ!私!」
と、びっくりした。吾作も驚いて、
「あ、いやっっ!何で?」
と、しどろもどろになって庄屋さんに質問した。しかし庄屋さんは、
「何でもクソもあるか〜!わしに楯突く奴はどうなるか見せてやるだけだわ〜!分かったら、とっとと消えろ〜!」
と、更にすごい剣幕になって叫んだので、吾作とおサエは慌てて玄関へ走っていった。