吸血鬼 吾作 十二の五

吸血鬼 吾作

 庄屋さんは代官の屋敷の裏庭までやってきた。その場にはおサエを含む村人達が庭で立っており、代官が屋敷の縁側に座っており、、吾作に矢を射った侍がその脇に立っていた。庄屋さんが来たのを確認した代官が、

「おお!来たのか。庄屋!おまえんとこの村人達は少々無礼だが、威勢があっていい連中だな。しかし、わしに化け物の話をして来なかったのはいかんと違うか?」

と、庄屋さんに食ってかかってきた。すると庄屋さんは、

「わしは代官様に言うほどの事じゃないと思っとったもんで、言わんかっただけですわ!何でこんな大騒動になっとるだん?みんなして!」

と、代官に言った後、村人達に怒りながら聞いた。すると村人の一人が、

「何言っとるだん!吾作がやられて黙っとれるか!ほいでも何でお代官様に言わんかっただん!言っとったらこんな事になっとらんかったかもしれんのに!」

と、庄屋さんを責めた。庄屋さんは、

「だから吾作の事はウチの村だけで解決できとった事だらあ!ほんだもんで代官様に言う必要はないと思っとったんだて!って今、話しただらあ!」

と、村人達全員に言った。それを見ていた代官が、

「うんうん。いいなあ。おまえらは実にいい。」

と、笑顔で話した後に、

「ところでな、この娘、その化け物の妻って娘な。わし、どえらい気に入ったんだわ。ほんだもんで、わしんトコに来んかなあって話を今からしようと思っとったんだけど、どう思う?」

と、庄屋さんに聞いてきた。庄屋さんと村人達はとてもびっくりしたが、一番びっくりしたのは、おサエだった。庄屋が、

「は?何の話を始めとるだん?代官様?この娘は今日、旦那の葬式が終わったトコですよっっ!」

と、言うと、

「ほ、ほですよ!さっきから褒めてばっかおるけど、わしはほんなつもりは、ああへんですわ!」

と、おサエも若干しどろもどろになって代官に訴えた。しかし代官は、

「いやあ、あんな威勢のいい、わしに食ってかかってきた女をホントに見た事なかったんでな。どうしてもわしんトコに置いときたくなったんだわ。どうだ?ここに残らんか?」

と、必要に迫ってきた。これを聞いたおサエは、

「嫌ですってば!」

と、思いっきり断ったが、

「いやあ、残りん。いい女だわあ。」

と、代官は言うと、おサエの腕を掴んで、

「ここに残りん!」

なおもおサエを口説き始めた。おサエは必死で、

「ちょっと!いい加減にして下さい!誰か何とかして〜!」

と、抵抗しはじめた。そんな時、何処からもなく、ドドドド!と、いう大量の何かの足音が聞こえてきたかと思ったら、大量のネズミの大群が代官の屋敷の塀を乗り越えてやってきた。これに村人達は、

「ネ、ネズミ〜!」

「な、何だこりゃ〜っっ!」

と、足元のネズミをよけるので必死になり、慌てた。そしてそのネズミの大群は、代官とおサエの周りをグルグル周りだした。代官とおサエはとても驚き、

「な.何だこいつらは〜!」

と、代官が叫ぶと、

「その手を離せ〜!」

と、空なのかどこからなのか、よく分からないが大声が響いた。その声はまさしく吾作であった。吾作はどのタイミングで出ていいか分からず、しばらく代官と村人達のやりとりを見ていたのだが、おサエに言いより、その腕を掴んだ時に、さすがに頭に血が登って出ずにはいられなかったのである。その吾作の怒り口調の声を聞いた村人達はまず驚き、

「ご、吾作?死んだんじゃ・・・、ば、化けて出たのか?」

と、怯え始めた。侍は焦って腰の刀に手を添えて身構えた。そして代官はおサエの腕を握ったまま、

「な、何奴!」

と、周りをキョロキョロと見回しながら叫んだ。おサエは代官に向かって、

「痛い!離しん!」

と、言った。しかし代官はその腕を離さず、

「何奴だ!姿を見せりん!」

と、おサエを離すどころか自分のところへ引き寄せて叫んだ。それを見た吾作はさらに頭に来た。

「その手を離しん〜!」

と、大声で叫ぶと共に、みんなの目の前に暗黒の煙が吾作の巨大な顔を形成した。すでに真夜中なのだが、村人達の半分以上が提灯を持っていたし、代官の家にも灯りがいくつも灯っていたので、その巨大な顔はよく見る事ができた。そしてその巨大な顔は、明らかに怒り狂った鬼のような形相をしており、これにはその場にいた全員が腰を抜かし、その場でへたり込んでしまった。もちろん代官も腰を抜かしてしまい、おサエの体から離れたが、おサエも吾作のその迫力に腰を抜かし、その場で動けなくなってしまった。吾作はその巨大な顔のまま、

「よくもわしの奥さんに手を出したな〜!このままで済むと思うなよ〜!」

と、大声で叫ぶと、その巨大な顔がただの煙に戻ったかと思うと、代官の周りを包み込み、そのまま代官を持ち上げて部屋の天井に張り付かせた。代官はあまりの恐怖にもう声も出なくなっていた。その体勢のまま吾作は、

「これ以上、わし達に構わないと誓うか〜!」

と、代官に言った。しかし代官は何も言わない。すると吾作はもう一度、

「これ以上、わし達に構わないと誓うか〜!」

と、叫び、代官の体をさらに天井に押しつけた。代官は、

「わ、わ、分かった。ち、誓う。誓うから離してくれ〜!」

と、泣き始めた。すると煙はなくなり、代官の体は部屋の畳に落ちた。そして代官の周りをぐるぐる回っていたネズミ達が今度は代官に襲いかかり、代官の服という服をすべてビリビリに引き裂いてしまった。

「うわ〜〜〜〜〜〜〜〜〜!」

と、泣き叫ぶ代官を見て、すぐ近くにいた侍は慌てて逃げ出した。しかし吾作はすぐにその侍の周りを黒いケムリとなって包み込むと、次は侍もろとも空中高く舞い上がった。

「お前、わしに矢を放った侍だな!二度とこんな事せんと誓うか〜〜〜〜!」

と、侍に言った。初めて空中に浮いた侍は、あまりの恐さに、

「わ、分かったっっ!誓う!誓います!わ、わしが悪かった!だ、だから下ろしてくれ〜〜!」

と、大泣きをして吾作に懇願した。すると吾作は、

「ほんなら下ろしてあげるわ。」

と、言うと一瞬にしてケムリが消えた。空中で支えのなくなった侍は、すごい勢いで頭から地上に向かって落ち始めた。

「うわ〜〜〜!だ、誰かた、助けて〜〜〜!」

と、落ちながら侍は叫ぶと、いきなり吾作は人間の姿になって片足を掴んで落下を止めた。

「まあ二度と、本当にせんな。」

と、逆さまになった侍に念押しをした。

「す、すいませんでした〜っっ。」

と、平謝りする侍の股間はお漏らしでビチャンコに濡れていた。吾作は、

「汚ねっっ。」

と、言うと、ゆっくりみんなの前に逆さまの侍と共に降りてきた。吾作が地上に降り立つと、侍は腰を抜かして全く動けなくなってしまった。そして目の前に吾作が生きて降りてきた事に驚いた村人達はしばらくあぜんとした。

「ご、吾作?お、おまえ、生きとるんか?」

と、村人の一人が恐る恐る聞いた。吾作は、

「多分、死んどる。ほんでも生きとる。」

と、答えた。それを聞いた村人達は、先程までの圧倒的な強さと恐ろしさに、恐怖を覚え、吾作に声をかけられなくなり、みんな吾作を見たまま、固まってしまっていた。そんな中、吾作の後ろからおサエが、

「吾作〜〜〜〜!」

と、大泣きをしながら抱きついてきたので、吾作も、

「おサエちゃん〜!」

と、しばらく抱きあったが、おサエが吾作の顔をマジマジと見ると、

「まあ来るのが遅いんだわ!」

と、大泣きのまま頭をポカポカ叩いた後、ヤクザキックを吾作のお腹にクリーンヒットさせたので、吾作はぶっ飛んで地面にズザー!っと音を立てて倒れた。

「ほんなん言われても〜・・・」

と、吾作がおサエに言っても、

「このあほんだら〜!」

と、さらに蹴りを三発食らってぶっ倒れた。その光景を村人達はポカーンっ。と、口をあんぐり開けたまま見ていたが、あまりのいつも通りのやり取りに、恐怖は何処かへ消え、

「ま〜何でわしらあんな怒ってお代官様んトコまで来んといかんかっただやあ。」

「何かアホみたいじゃんか〜!」

と、呆れながら笑い始めた。その笑う村人達を見た吾作とおサエは、その場で土下座をした。そして、

「この度は大変、申し訳ありませんでしたー!」

と、二人して平謝りした。その二人を見た村人達は、

「まあいっか。あんまよくないけど。」

と、言いながらも許してくれた。その一部始終が終わった時に、

「お、おまえら!このままで、す、済むと思うなよっっ!こんな茶番を見せられて、わ、わしが黙っとる訳ないだらあ!」

と、ボロ雑巾のようになった代官が吾作と村人達に指をさしながら叫んだ。吾作は代官を見ると、一瞬で代官の目の前に移動した。代官は、

「ひゃっ!」

と、叫んだが、吾作はそんな事はお構いなしに、

「今回の事は、わしもやり過ぎました。で、でも、わしは自分の生活を、おサエちゃんとの生活を壊されるのが、どうしても納得出来ませんでした。どうか、わしら夫婦をこのまま見逃してくれませんか。」

と、言うと、代官の目の前でやはり土下座をした。そしておサエも土下座をし、そこにいる村人達、庄屋さん、与平も土下座をした。代官はその光景を見て、何を言ったらいいのか、もう分からなくなっていた。その時、庄屋さんが一人立ち上がり、

「今回のこの騒動は、最初にわしが代官様に何の報告もせんかった事から始まっとります。だもんで、今回の責任のすべては、わしがとります。

 ほいだもんで、ここにいるみんなを許してやって貰えませんか?吾作も今回だけは、本当に化け物らしい暴れっぷりをしましたが、普段は優しいいい青年なんです。全く悪さなんてした事もありません。ほいだもんで、この通り、この通り、吾作が化け物だ、と、いう事を見逃しては頂けませんでしょうか。

 どうか、お願いします。」

と、言うと、もう一度、ゆっくりとその場で土下座をした。これを見た代官は縁側の奥に向かって、

「まあやめだ。刀を降ろしん。」

と、命令した。すると、

「ハ!」

と、言うかけ声が聞こえ、そこから刀を持った別の侍が姿を現し、代官の近くに来て正座をした。その侍を見た吾作は、

(あ、この間のもう一人の侍。わしに斬りかかって来た人だ。)

と、すぐに思ったが、黙って代官の話を待つ事にした。

 代官は、一息、ハア〜。と、大きく吐くと、

「・・・おまえ・・。吾作と申したかな?おま・・そなた、本気を出しとったら、わしらなんか一瞬で殺す事ができたのだろう。ほんでも、そなたはわしらにそんな事はせんで、ただ服をボロンボロンにしただけだわ。こんな情けない姿を村の集や庄屋に見られたなんて他の代官やお奉行に知られたら、それこそわしの恥だわ。今日の事はなかった事にしたるで、絶対誰にも言うなよ!分かったな!」

と、半分うなだれた様な、開き直った様な顔をして、そこにいるみんなに話した。庄屋さんは、

「ゆ、許してくれるんですか?わしら、おとがめなしですか?」

と、あらためて聞くと、

「ないわ!これ以上話させるな!わしがだんだん情けなくなるで!」

と、ちょっとイラつきながら話した。それを聞いた村人達は、

「おおーーー!」

と、歓声をあげて喜んだ。吾作とおサエも、抱き合って喜んだ。それを見て代官が、

「なあ、吾作。おまえさっき空を飛んだろ?それ、わしも飛んでみたいわ。今日はいいで、今度、この屋敷に来て、わしを飛ばしてくれんか?どえらい楽しそうだで。」

と、吾作に言った。吾作は、

「いいですよ。夜になりますけど、ほいでいいんなら。」

と、笑顔で言うと、代官も、

「ほりゃ楽しみだわ。」

と、にこやかに返した。こうして吾作達を含む村人達全員が、代官の屋敷を後にした。帰りの道中、当然吾作、おサエ、庄屋さん、の三人は村人達にあらためてコテンパンに怒られ、三人とも反省したが、

「まあ、確かに知っとったら、わしら芝居もできんし、お代官様に一泡ふかすのが目的だとしたら、失敗するかもな。」

と、言う事で許してもらった。その時村人の一人がふと、

「吾作、おまえ何かどえらい事をお代官様にしとったけど、何か葬式の間にあったんか?」

と、疑問に思った事を吾作に聞いてみた。吾作は、

「ん〜、何かわしもよ〜分からんだけど、昨日、お墓で寝たらやたら元気になっとって。頭もどえらい冴えとって。ほいだもんで今日はいろいろ出来たんだわ〜。」

と、話したので、おサエが、

「え?これからお墓で毎日寝る気?私ヤだよ。ウチとお墓の別居生活なんて!」

と、言ったものだから、みんな大笑いをした。

 そんな話をしながら吾作とおサエは自分の家に戻った。ちょっと久しぶりに自分の家で寝る事になった吾作は、

「やっぱりここがいいわあ。」

と、言うとおサエも、

「本当に元に戻れてよかったわ〜。」

と、ホッとしながら葬式の後の片付けもせずに、二人で縁側で星を眺めていた。

 こうして長い一日は終わった。

 後日、吾作は村人数人とお寺の近くまで来ていた。和尚さんに言われた、

『お寺にネズミが大挙していて困っている』

問題を片付けるためであった。

 吾作が目をつむり、境内のネズミ達をお寺の外に出して、自分のところへ誘い出すという作戦だった。その光景を和尚さんもお寺の門の内側から見守っていた。しかしネズミは全くもって一匹も出てこなかった。吾作は、

「ん〜・・・、何か多分だけど、神や仏に守られとる場所は、わしの能力は全然きかんみたいだわあ。」

と、申し訳なさそうに言った。村人の一人は、

「ほか〜。あかんかあ〜。ほんならみんなでお寺の中のネズミを追い出して、寺の外に出たところを吾作に捕ってもらうしかないなあ。」

と、言うと、

「吾作でもあかんのかあ〜・・・。」

と、和尚さんはガクッとその場に膝をついて四つん這いになった。そんな訳でその日は一日徹夜でお寺のネズミ退治をしたが、吾作もいつネズミが境内の外に出たか把握できず、あまりネズミを捕まえてられなかった。そんな訳で、お寺のネズミ退治はほぼ無駄に終わったのであった。

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