吸血鬼 吾作
その頃、吾作と庄屋さんは、代官の屋敷の門近くまで来ていた。庄屋さんは、
「よし!ほんじゃ吾作。さっきとおんなじ感じで代官をギャフンと言わせりん!」
と、吾作に言うと、庄屋さんは門を離れ、塀沿いを歩き始め、屋敷が見える箇所がないか探し始めた。庄屋さんは代官が驚くところがどうしても見たかったのである。
その様子を吾作は見てほくそ笑むと、煙になって塀の上から屋敷の敷地へ入ろうとした。しかし入ってすぐに、体に異変が起こったのを感じた。何故だか分からないが、吾作の体が代官の屋敷の敷地上から、まるで布団でもあるかの様に前に進めなかったのである。吾作は最初、何が起こったか分からなかったが、もう一度敷地内上空から入ろうと向かったところ、塀の上からの空気がやっぱり布団のように柔らかいが決して前には行けず、やっぱりボヨヨ〜ンと跳ね返されたのであった。
(実はこれは吸血鬼の決まり事で、
『その家に入る時、そこの人間に許可を得ないと、入ることが出来ない』
と、いう物なのだが、そんな事は吾作は知らない。)
吾作はかなり困惑して、庄屋さんのところへ行くと、
「庄屋さん!何でか分からんのだけど、この中に入れへん!どうしましょうっっ。」
と、言った。しかし庄屋さんは、
「は?何を言っとるだ?入れるだら?塀の上から入りん。」
と、言って吾作の話を理解しない。吾作は、
「ちょっと見とってください。」
と、言うと、人の形のまま宙に上がり、塀の上まで来た。そして塀の上の空間から中に入ろうとしたがやはり空気は布団のように吾作を食い止め、跳ね返した。庄屋さんは手に持っていた提灯で一生懸命照らしながらその様子を見たが、確かに何かに跳ね返されたのを見てとった。
吾作は庄屋さんの元へ戻ると、
「見えました?」
と、聞いた。庄屋さんは、
「見えた。何とか見えたが、あれは何だん?何かあるんか?」
と、聞いてきた。しかし吾作が何もない事を伝えると、
「ほんな馬鹿な〜っっ。ほんなんどうするだん〜っっ。」
と、たいそう悔しがった。庄屋さんからしてみると代官の驚いた顔が見えないのが悔しくてたまらなかったのである。二人はしょうがないので、門の方へ行ってみた。すると門に人影が見えた。吾作は目を凝らして見てみると、それは門番であった。先程、村人達が入っていった時に門を開けたので、門番は半ば仕方なく立つ事にしたのだった。吾作はその門番と確認すると、庄屋さんに小さな声で、
「門番が立ってます。どうします?」
と、言った。庄屋さんは、
「え?」
と、驚き、何でこんな夜も更けてきた時間に門番が立っているのか考えた。しかし当然ながら答えは出ないので、門番の見えない所まで戻り、二人で、これからどうするのか考えた。しかし二人ともいい考えが浮かばず、二人して頭をかかえた。そんな時、門番がこちらに気づいて向かってきた。二人は、
(まずい!)
と、思ったが、庄屋さんはつかさず、
「夜分申し訳ありません。急用でお代官様にお会いしたく、こちらに来たのですが、まだお代官様は起きていらっしゃいますか?」
と、先に声をかけた。すると門番は、
「あ、ああ。今夜は客人が多いな。先程十数人ほどの村人達が入っていっておるぞ。おまえの村の者ではないのか?」
と、言った。庄屋さんは驚いて、
「え?数十人?ちょっと分からんですけど・・・わしらも入っていいですか?」
と、改めて入る事を門番に尋ねた。
「ん。少し待ってもらいたい。すぐに、聞いてきてあげよう。」
と、門番は走って門の中に入って行った。