吸血鬼 吾作 七の三

吸血鬼 吾作

 玄関まで来た吾作とおサエは、そこで待っていた村人四人に今あった事を話した。すると、

「え!田植えを一晩で全部?」

「吾作、おまえほんなん出来んだら?」

「庄屋さんも無茶苦茶言うなあっっ。」

と、自分たちも寝坊した手前、庄屋さんの無茶振りに困ってしまった。吾作は困り果てて頭が混乱してその場で立ち尽くしていた。しかしおサエは少し考えると、

「私、吾作なら出来ると思うじゃんねえ。」

と、ぼそっと言った。

「ええええ!」

と、吾作はじめみんな驚いた。おサエは続けてこう言った。

「ほいだって、吾作のネズミを捕る速さ考えたら、けっこうすぐ田植え終わらせれると思うじゃんねえ。吾作はそう思わん?」

それを聞いて、

「ほ、ほりゃそうかも知れんけど・・・、村の田植え全部は~・・・」

と、やっぱり消極的に吾作は言うので、

「吾作なら大丈夫だわ!まっと自信持ちん!」

と、おサエは自信満々で言った。吾作は、

「ええ〜っっ。でもわしが出来んかったらおサエちゃんが~・・・」

と、言ったが、

「大丈夫!私は吾作を信じとるに!」

と、おサエは吾作の背中をポンと叩いた。

「ま、まあ、行っといでん。このままここでだべっててもしゃーないし。」

「ほだよ。とりあえずやっといでん。」

と、村人達からも背中を押された吾作は、

「う、うん。ほいじゃあ行ってくる。」

と言うと、一瞬のうちに消えてしまった。

 吾作は庄屋さんの屋敷を出てすぐ横の苗代(なわしろ:苗をまとめて育てる場所)へ着くと、これまた目にも止まらない速さで苗を取り、田んぼへと向かった。この時、吾作本人も自分がオオカミに変身してるのでは?と、疑問を持ったが、実際には人のまま、すごい速さでの移動だった。

 そして田んぼへ着くと苗を植えるために足を田んぼに入れた。この時に吾作は、

(田んぼの中を速く走ったりしたら泥が舞い上がってめちゃくちゃになっちゃう!)

と、すぐに思った。しかし村中の田植えをしなければいけない。これはどうしたら…と、少し考え込んでしまった。とりあえず田んぼを出た吾作は、田んぼの端っこから苗を植える事にした。しかし手の届く範囲では苗を植えるには端っこ過ぎてダメだ。どうしよう。と、悩みながらも手を少しづつ少しづつ伸ばすとなんとか苗が植えれた。

「やったーーー!」

と、つい浮かれた声を吾作は出してしまったが、その横の苗も植えれる、その横も植えれる!と、調子に乗って吾作はどんどん苗を植えていった。そうして田んぼの一番外側をぐるっと一周分、苗を植えた。次にその内側を植えないといけないのだが、吾作は、

(どうしよう…)

と、思いながらも手を伸ばした。すると不思議な事に一列奥の所に苗を植える事が出来た。

(あ!植えれるやんか!)

と、嬉しくなった吾作は更に奥のところに手を伸ばした。

(やっばり植えれるやんかあ!)

吾作はもう有頂天になり、どんどん苗を植えていった。

 田んぼの半分くらいを植えたところでようやく吾作は我に帰った。

(あれ?こんなに植えれるのおかしいて。わし、どうなっとるん?)

と、自分の体を見てみると、上半身を下にする形で宙に浮いていた。

「え!」

と、びっくりした吾作は急に田んぼに落っこちた。

「わ、わし、今、浮いとった!コウモリになっとる訳でもないのに浮いとった!」

と、泥まみれで自分の事を考えたが、当然さっぱり分からないし、のんびり考えてる時間などなかったので、とりあえず同じ感じで苗を植える事に集中した。するとやはり体が自然と宙に浮いた。

(た、たぶんこの感じだ。)

と、吾作は感覚で宙の浮き方のコツをつかむと、次から次へと苗を植える事ができ、田んぼの一面を植え終えた。よし!と、コツをつかんだ吾作の行動はここから凄まじく速かった。次から次へと田んぼに苗を植えに植え、本当に日が登る前には村中の田んぼの田植えを終えてしまった。

「あ〜!終わった〜!」

吾作はとても清々しい気分になった。自分の植えた田んぼをじっくり眺めると、

「おサエちゃんが待っとる!」

と、慌てて庄屋さんの屋敷へ向かった。

吸血鬼 吾作 七の四 へつづく

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