吸血鬼 吾作
しばらく村人達は、屋敷の裏側で代官が来るのを待っていたが、屋敷の縁側を先程の侍と歳が三十くらいに見える清潔感のあるが妙にヤサ男風の男性が現れた。その男は、
「これはこれは、よくいらっしゃいましたな。わしがここの代官です。」
と、にこやかに言った。その穏やかな態度に、村人達みんなは少し拍子抜けしたが、おサエは少し身構えていた。代官は、
「先程、少しだけ話を聞いただけど、皆さんの村の化け物を退治するのがそんなに問題だとは思わんかったわ。わしは村の人達が怯えているだろうと思って、部下に退治の命を出したまでだったんだけど。」
と、代官は縁側に腰掛けながら気さくに話し始めた。それを聞いた村人の一人が、
「お代官様、それは違います。お代官様が今言った化け物は、元々はわしらと同じ人間で、確かに化け物になってからもいっしょに苦楽を共にした中でございます。もう少しわしらの話を聞いてから、その命を下してほしかったです。なので吾作の親族は今、とても悲しんでいます。」
と、言った。それを聞いて、
「うん。しかしな、わしはその化け物の話を直接、そなた達の村の庄屋から報告を受けておらん。なのでわしは、
『化け物が出た。』
としか、聞いておらんのだ。それをどう思う?わしは近隣の庄屋から、村人達が羨ましいという意見と共に、いつか殺されるのではないか?と、皆が怖がっているという報告を、両方受けておるのだよ。それも何回もだ。わしの立場からしたら、そなたらの村の庄屋は、わしには言えんような、よからぬ事情があるから言ってこないのだ。と、悪い方には取らないか?」
と、代官は今回のいきさつを分かりやすくその場にいた村人達に説明した。それを聞いた村人達は、何も言えなくなってしまった。意見した先ほどの村人は、
「な、し、しかし、おかしくないですか?だってこの間、海岸に御堂作ったのは、吾作の力にあやかろうと思った人達がどえらい来てたからでしょう?それにまあ少し村に見に来てからとかっっ・・・」
と、反論した。しかし代官は、
「ああ言って馬鹿騒ぎしとる連中も、いざ本当に自分の村に化け物が来たら不安なんだよ。そなた達もそうなんじゃないか?こうやって今はその化け物をかばっているが、いつかそいつは自分達を襲うんじゃ?とか、思っとるんじゃないのか?」
その言葉を聞いて、その村人は、
「ほ、ほんなん思っとらんわ・・・。」
と、言いながらも、その先の言葉が出てこなくなってしまった。そこで代官がつかさず、
「では分かっていただいたようだし、今日のところはお引き取りしてもらって、その事を庄屋にお話ししてもらいますか?そうしたら話がまた進みますので。」
と、代官はにこやかに話した。村人達は仕方なしに帰ろうとした。
しかし、ここでおサエが一人動こうとはせず、下を向いたまま、
「・・・吾作はほんなんじゃないわ。人の旦那に矢を射っておいて!」
と、フルフル震えながら代官に言った。代官は、
「んん?」
と、おサエを見た。おサエは顔をあげ、
「あんな優しい人に矢を射っておいて、すいませんでした。の一言もないんですか?って聞いとるんです!」
と、かなり大きな声でおサエは言った。これにはそこにいた村人達も驚いて、
「おサエ!ちょっと待て!今日のところは帰ろう!」
と、説得に入るが、おサエは聞く耳を持たない。それにたいして代官が身を乗り出した。
「ほう。おまえはその化け物の身内なんだな?このわしに楯突く女はわしの周りにはおらんで新鮮で気に入ったで。ほいでおまえはその化け物のなんなのだ?恋人か?家族か?」
と、完全におサエに興味を持った代官は、そんな質問をした。
「妻です!」
と、おサエはハッキリと答えた。これには村人達が、
(何かやばくないか?)
と、思ったが、もう遅い。そもそもは村人達が暴走しないか心配でついてきたおサエだったが、今は誰よりも暴走を始めてしまっている。そんな時にこの屋敷の門番が現れてこう言った。
「今しがた、この村人達のかは分からんそうですが、村の庄屋ともう一人が代官様に会いたいとの事で、外の門まで来ております。どうしますか?」
その言葉を聞いた代官は、
「ほう。面白くなってきた。通せ。」
と、命じた。