吸血鬼 吾作
庄屋さんの屋敷の前にやってきた吾作と村人だったが、
「別にわしがおらんでも問題ないだら?」
と、村人は言うと、さっさと帰ってしまった。吾作は一気に心細くなったが、屋敷に入ると、使用人が待っており、前回通された大広間に今回も通された。大広間の奥の方に広い机が今回も置いてあり、今回も上座に庄屋さんが座って待っていた。庄屋さんは吾作が部屋に入ってくると、
「お!待っとったぞ!はよ、こっち来い!」
と、前回とは違い、気さくに声をかけてきた。吾作は庄屋さんの言う通りに、庄屋さんの座っている対面の下座に座った。すると庄屋さんはニコニコしながらさっそく話し始めた。
「いや、こないだはよくやったな。ぐうの音も出ないとはまさにあの事だったと思うわ。ほんでな、次の日に和尚もウチにやって来て、おまえの事情を詳しく話してくれてな、ついでに謝ってもくれたわ。まあ和尚にまで謝られたらわしも何も言えんわ。
あ、ほんでな、今回は頼みがあって呼んだんだが、軽く話は聞いただら?隣の村の庄屋さんがぜひウチの村でもネズミ退治をしてほしいって言ってきてな。
あ、吾作、おまえのそのネズミ退治と、こないだの一晩で稲を全部植えた話、どえらいそこら中に広がっとるぞ!隣の隣の村とかまで噂が広まっとるみたいだで!わし、なんか鼻が高くなっちまったわ。
あ、話戻さんとな。ほんで頼めんかなあ。って言われたもんでつい、『ほいじゃ向かわせます。』っつっちゃったもんでな。
ホントに悪いんだけど、吾作、隣村の庄屋さんトコまで行ってきてくれんか?まずは庄屋さんトコをやってどんなんか見て今後は決めたい。っつっとるで、悪いが頼むわ。」
と、一気に内容を言われた。吾作は、
「は、はい。」
と、答えたが、若干内容が入っていなかった。庄屋さんは、
「ほか。ほりゃよかったわ〜。」
と、了承してくれたのを喜んだが、
「ほいでも吾作、おまえ、隣村の庄屋さんの屋敷、どこか分からんだらあ?」
と、尋ねてきた。吾作は当然、
「あ、分かんないです。」
と、素直に答えた。すると庄屋さんは、
「まあ、ほうだと思ったもんで、紙に行き方書いといたもんで、それ見て行きん。」
と、言うと、隣村の庄屋さんの屋敷までの地図がとても簡単に書いてある紙をくれた。そして、
「ほいじゃ今から悪いけど、行ってきてくれるか?」
と、庄屋さんは言ってきたので、
「え?今から?」
と、吾作は戸惑った。すると庄屋さんは、
「ほだよ。今から。」
と、にこやかに答えた。
そんな訳で心の準備もなく、吾作は隣村の庄屋さんの所へ出かけていった。
隣村の庄屋さんの屋敷までは歩いて一時間ぐらいかかる。しかし吾作は庄屋さんからもらった地図を見ながら、あっという間に隣村の庄屋さんの屋敷の前まで来た。
その屋敷は自分の村の庄屋さんの屋敷よりも幾分か大きいが、武家屋敷のような白い塀などなく、ただ、大きい屋敷と、蔵がその横にいくつかあり、松の木などが所々に植っていて、とても庶民的だが上品な屋敷だった。その屋敷の玄関前で、
「と、隣村から来ました!ご、吾作ですっっ。」
と、吾作は緊張しながら何とか言った。しばらくすると、
「はーい。どうぞどうぞ。中に入って下さいませ〜。」
と、声が聞こえた。吾作は玄関を開けるとその広く片付いた玄関の先に身なりをとても整えた細身だがガリガリほどではなく背もそんなに高くはない初老の男性が爽やかな笑顔をして立っており、
「わざわざ遠くからご苦労でしたね。初めまして、私がこの村の庄屋です。」
と、とても丁寧に挨拶をされた。
「あ、よ、よろしくお願いします!」
と、吾作もモジモジしながら挨拶した。庄屋さんは、
「ああ、あなたの噂は聞いてますよ。なんでも一晩で村の田植えを全部終わらせたとか。素晴らしいですね。
お名前は何とおっしゃるの?」
と、褒めちぎられた上に名前まで聞かれた吾作は、
「あ、ご、ご、吾作ですっっ。」
と、顔を赤らめてモジモジしながら返事した。
隣村の庄屋さんは爽やかな笑顔を返すと、
「あ、もう夜も遅いので、申し訳ないですが早速取り掛かってもらいましょうかね。こちらへどうぞ。」
と、言うと、隣村の庄屋さんは玄関を出たので、吾作は慌ててついて行った。
隣村の庄屋さんに案内されたのは裏庭だった。
(あれ?蔵の方じゃないのかな?)
と、吾作は思ったが、よく分からなかったので庄屋さんの言う事を聞いていた。その裏庭は縁側沿いにあり、二十畳くらいの広さがあるがいろんな木々が植っていて綺麗に剪定されている。と、言って日本庭園のようなものではなく地面は土がむき出しだった。
庄屋さんは縁側に上がると、
「すいませんね。ネズミはこの下にいると思われるんです。」
と、吾作に言った。あ、そうなのか。と、思った吾作は、
「は、はい。じゃあネズミを捕ってきてもいいですか?」
と、聞いた。庄屋さんは、
「はいはい、お願いします。」
と、返してきたので、吾作が縁側の下を覗き込もうとしたその時、
ドスッ!
と、大きな音とともに吾作は体に何かが当たった感じがした。
「え?」
と、体を起こし見てみると、右横腹に矢が一本刺さっていた。
「え?」
と、庄屋さんを見ると、庄屋さんは三歩ぐらい下がって申し訳ない顔をして吾作を見ていた。すると、
「ものの怪、覚悟〜!」
と、言う大声とともに刀を振りかざしたお侍さんが吾作目掛けて突進してきた。
吾作は、
やばい!
と、思い、一瞬の内に屋敷から逃げ出した。そのあまりの速さにそこにいた庄屋さんとお侍さんは、
「な、何処へ行った?」
「どこにもいないぞ!」
と、裏庭をくまなく探し始めた。矢を放ったお侍さんも出てきて吾作を捜したが、吾作はどこにもいなかった。