吸血鬼 吾作
隣村の庄屋の屋敷の近くまで吾作と庄屋さんはやってくると、そこからは気づかれないように屋敷の木の影に隠れた。屋敷には何の灯りもついていないので、もう隣村の庄屋さんは寝静まっていると思われる。そこで庄屋さんは、
「ええか?わしの言う通り、やるんだぞ!」
と、吾作に言った。吾作は、コクリと頷くと、音も立てずに屋敷の縁側まで一瞬で移動した。そして煙になって屋敷に入っていった。吾作はすぐに隣村の庄屋さんの寝床を見つけ、隣村の庄屋さんが寝ているところを確認した。よし!と、思い、煙で寝室を満たすと、
「おのーれ。おのーれー。」
と、全く迫力のない言葉を発した。しかし隣村の庄屋さんは目覚めない。困った吾作は寝ている隣村の庄屋さんの耳元で、
「おのーれ、おのーれー!」
と、さっきよりは迫力があったかもしれない言葉を発した。すると、
「ん〜・・・」
と、言うだけで起きる気配がない。さらに困った吾作は少し考えて、いい事を思いついた。吾作は少し祈り始めると、隣村の庄屋さんの屋敷にめがけてすごい数のネズミが、
ドドドドドドドドドド!
と、全速力で集まってきて、屋敷全体を屋根の上まで含めて走りまくった。この物音と振動でさすがにぐっすり寝ていた隣村の庄屋さんも、
「な、なんだ?地震?」
と、慌てて飛び起きた。吾作は、起きた〜!と、喜ぶと再度、
「おのーれおのーれ〜。」
と、隣村の庄屋さんに言ってみた。さすがにこれは聞こえたようで、
「な、何?だ、誰かおるのか?」
と、慌てて上半身を起こして周りを見回した。吾作はネズミが周りを走っているしわしはケムリになっているからさぞ恐いだろう。と、思ったが隣村の庄屋さんが一言、
「暗くてよう見えんわっっ」
と、言った。
吾作は、
(あ、人には見えんかったっっ。)
と、がっかりし、
「おのーれ、おのーれ〜!」
と、また声を張って言ってみた。すると隣村の庄屋さんは、
「だ、誰ですか?わ、わしに何の用です?」
と、見えないまでも誰かいるのは分かっているので、怯えながら話した。吾作は、
「・・・次、何だっけ?」
と、つい呟いてしまった。すっかり台詞を忘れてしまったのである。そのマヌケな言葉に、
「え?誰ですか?何かのイタズラならやめてもらいたいのですが。わしは今寝ている最中なのです。」
と、隣村の庄屋さんは強気に話してきた。こりゃまずい!と、思った吾作だったが、何を言うのか全く思い出せないわ。え~と・・・どうしよっっっ。まあ仕方がない!という事で、
「しょ、庄屋さん。私に矢を放ったでしょ?だからこのままじゃいかんと思って、ま、また来たんです。」
と、素直に吾作は言ってしまった。これを聞いた隣村の庄屋さんは、
「え?何?こないだのあの時の化け物っっ!あ・・・」
と、一回言葉を詰まらせた後、
「あ、あなたは死んだと聞いています!ちゃんと葬式までやったって聞いたにっっ?」
と、むしろ大慌てになった。そして、
「わ、わしをこれから、ど、どうする気です?も、もしやわ、わしをこ、殺す?でも、ちょっと待って!わ、わしは代官様に頼まれてやっただけで、本当はわしの村もネズミ退治をやってほしかったんです!こ、これは本当なんです~!」
と、とても早口で弁解を始めた。それを聞いた吾作は、
「本当?わし、死ぬトコだっただよ?」
と、言った。
「ほ、本当です!本当にわしはあんな事、あんな野蛮な事!したくなかったんです!悪い事したなあって、本当に思っとったんだで!いや、です!」
と、見えてはいないが正座して手を合わせて拝み始めた。すると隣村の庄屋さんから吾作の苦手な仏の光が少しだけだが輝き始めた。吾作は、やばい!と、思い少し離れたが、
「私が断りきれなくて、本当に、申し訳ありませんでした!」
と、隣村の庄屋さんは頭を下げて土下座の格好になった。それを見た吾作は少し安心すると、
「ほ、ほんなに謝ってくれるんなら、まあ・・分かりました。ほいじゃ許してもわしはいいですよ。この村のネズミも退治してもいいです。そのかわり、もうこんな仕打ちはせんでください。ほいじゃあとりあえず今日はこの屋敷のネズミを全部連れてってあげます。ほんじゃ!」
と、言うと、家の外をドタバタドタバタ走り回っていたネズミ達と共に、吾作は屋敷から出て行った。隣村の庄屋さんは、吾作が去ったのを感覚で感じたが、こんな体験は初めてだったので、震えが止まらず、その場でガタガタ震えながら朝まで寝れなかった。
屋敷を出た吾作は自分の村の庄屋さんと屋敷を少し離れた所で落ち合った。
「どうだ?上手くいったかん?何かネズミ達がどえらいすごかったぞ!わしも声がでそうだったわ!」
と、少し興奮しながら吾作に問いかけた。
「ん〜、たぶん上手くいったと〜、思います・・・。」
と、吾作は力なく答えた。庄屋さんは、
「なんだん?大丈夫なら、まっと自信持って言いん!ほいじゃ大取の代官のトコへ行くに!」
と、言った。そんな訳で吾作と庄屋さんは、代官の家目指して走り出した。