吸血鬼 吾作
吾作とおサエはお寺に着いた。そして吾作は門から少し離れた場所で待ち、おサエは慌てて和尚さんを起こして門の外まで来てもらった。まだ寝ぼけていた和尚さんだったが、吾作の右脇腹に刺さっている矢を見てとても驚いた。そして、
「これはただ事ではない。う~む、どうするか~・・・。」
と、悩み始めたが、吾作のこの状態を庄屋さんに見せた方が分かりやすいと判断した和尚さんは、三人で、庄屋さんの屋敷へ向かった。
庄屋さんの屋敷の門の前へ着くと、まだ屋敷の灯りは灯っているのを確認した。すると和尚さんが、
「万が一、万が一、ほんなんないと、わしは思っとるが、万が一、庄屋が隣村の連中と計画的に吾作を殺そうとしていたらあかんもんで、まずはわしが庄屋に話をしてくるで。それまで吾作。ここで待っとれるな?」
と、聞いてきたので、
「うん。」
と、吾作は答えた。すると和尚さんは、よし!と、言って庄屋さんの屋敷へ入って行った。吾作とおサエは、
「何だか、大変な事になっちゃったね。」
「何でこんな目にあわんといかんかやあ?」
と、言いながら和尚さんが帰ってくるのを待った。こうしてしばらく和尚さんを待っていると、
「吾作~!吾作はどこだ~~~~~~~ん!」
と、叫び声とともに、庄屋さんがこちらへ向かって走ってきた。そして目の前まで来て、ゼイゼイハアハアと、息を切らした庄屋さんは、矢の刺さった吾作の姿を見て、
「ご、吾作!?」
と、その場でひざをつくと、
「お、おまえ、だ、大丈夫か?こ、こんな・・矢が刺さって・・・っっ。」
と、両手を震わせて吾作をさわろうとして止めた。吾作はその庄屋さんの態度を見て、
「だ、大丈夫です。こんな矢、今抜きますで。」
と、言うと、
「んん〜!」
と、声を出しながら右脇腹に刺さっている矢をひっぱり出し、その場に捨てた。するとその矢にやられた傷はみるみる元に戻っていった。さすがにこれにはみんな驚いて、
「お、おまえ、どんどん凄くなってくなっっ。」
と、庄屋さんはちょっと引いた。そんなやり取りの最中に和尚さんも門まで戻って来て、
「今見たとおりだわ。庄屋さんは、何も知らんかったって。」
と、説明してくれた。それを聞いた吾作とおサエは少し安心した。そして庄屋さんが、
「しかし何でだ?吾作はここらへんの村とかでもいい評判が広がっとるはずだで。サッパリ分からん。しかもこんな矢を使って吾作を殺そうとするなんて、なんて卑劣な!!」
と、庄屋さんは怒り始めた。そして、
「このまま放っておく訳にもいかんぞ、これは!吾作もひどい目にあったが、わしも泥を塗らされたわ!」
と、さらに怒り始めた。それを聞いた和尚さんが、
「う〜ん。しかしほんな仕返しとか考えたらあかん。報復合戦始めたら、終わりは、どちらかが死なんといかんくなるで、ほれはまずいわ〜。何とかやり過ごせんものだろうか・・・。」
おサエも、
「ほんなんやだわっっ!村だって、大変な事になるに。」
と、とても不安がった。
「しかしだなあ!これはただ事じゃないだで!分かるだらあ!!」
と、吾作に刺さっていた矢を持ってみんなに見せた。すると和尚さんもおサエも黙ってしまった。そしてしばらく沈黙が続くと、ふと、
「吾作。吾作はどうしたいだん?」
と、和尚さんが吾作に聞いてきた。それまで何も発言してなかった吾作だったが、
「ん〜・・・。わしは身体も元に戻ったで、まあ放っといてもええと思っとるんだけど、よく考えたら、わしが生きとるの分かったら、また何かしてこんかやあ?って。そこが気になっとる。」
それを聞いて、その場にいたみんなが、「確かに。」と、なった。そしてまたしばらくの沈黙の後、
「ほんじゃ、とりあえず隣村の人間と、代官に『吾作は死にました。』って分かるように、一回葬式でもあげるかん。吾作、おまえ隣村の庄屋さんトコから追われるように逃げて来たんだら?きっと今も奴らは向かって来とるかもしれん。」
と、和尚さんが提案してきた。おサエは、
「ひええっっ!ちょっとそれは恐いわっっ!」
と、恐れおののいた。そこで和尚さんは、
「ほいだもんで、普通にお葬式をあげるんだて。隣村の連中は、吾作が日に浴びないと死なないとか、知らんだら。ほいだもんで、通夜の時も葬式の時も、その場で吾作は横になっとればいいんだわ。」
と、言った。すると吾作が、
「え?わ、わし、大丈夫かやあ?和尚さんの近くにおるだけでチクチク痛いのに、お経なんてあげられたら、わし、燃えちゃあへんかやあ?」
と、心配そうに言ってきた。しかし和尚さんは、
「お経なんて、デタラメに唱えてやるわ。それらしく唱えれば、みんな気なんかつかんだら。」
と、ちょっと楽しそうに言った。しかしおサエも、
「わ、私、吾作が生きてるの知っとるのに、通夜とかお葬式の時に泣けるかどうか・・・。」
と、心配しだした。すると庄屋さんが、
「これは面白い!ぜひやって一泡吹かせてやるわ!」
と、上機嫌でその提案に乗ってきた。さらに、
「おサエの芝居で、上手くいくかどうか決まるに。」
と、庄屋さんは意地悪な顔でニヤっと笑いながら言った。吾作とおサエは、
「ええ〜っっ、どえらい心配だわ〜っっ。」
と、オロオロしだしたが、さっそく通夜の準備を始める事にした。