吸血鬼 吾作 十二の六

吸血鬼 吾作

吾作が地上に降り立つと、侍は腰を抜かして全く動けなくなってしまった。そして目の前に吾作が生きて降りてきた事に驚いた村人達はしばらくあぜんとした。

「ご、吾作?お、おまえ、生きとるんか?」

と、村人の一人が恐る恐る聞いた。吾作は、

「多分、死んどる。ほんでも生きとる。」

と、答えた。それを聞いた村人達は、先程までの圧倒的な強さと恐ろしさに、恐怖を覚え、吾作に声をかけられなくなり、みんな吾作を見たまま、固まってしまっていた。そんな中、吾作の後ろからおサエが、

「吾作〜〜〜〜!」

と、大泣きをしながら抱きついてきたので、吾作も、

「おサエちゃん〜!」

と、しばらく抱きあったが、おサエが吾作の顔をマジマジと見ると、

「まあ来るのが遅いんだわ!」

と、大泣きのまま頭をポカポカ叩いた後、ヤクザキックを吾作のお腹にクリーンヒットさせたので、吾作はぶっ飛んで地面にズザー!っと音を立てて倒れた。

「ほんなん言われても〜・・・」

と、吾作がおサエに言っても、

「このあほんだら〜!」

と、さらに蹴りを三発食らってぶっ倒れた。その光景を村人達はポカーンっ。と、口をあんぐり開けたまま見ていたが、あまりのいつも通りのやり取りに、恐怖は何処かへ消え、

「ま〜何でわしらあんな怒ってお代官様んトコまで来んといかんかっただやあ。」

「何かアホみたいじゃんか〜!」

と、呆れながら笑い始めた。その笑う村人達を見た吾作とおサエは、その場で土下座をした。そして、

「この度は大変、申し訳ありませんでしたー!」

と、二人して平謝りした。その二人を見た村人達は、

「まあいっか。あんまよくないけど。」

と、言いながらも許してくれた。その一部始終が終わった時に、

「お、おまえら!このままで、す、済むと思うなよっっ!こんな茶番を見せられて、わ、わしが黙っとる訳ないだらあ!」

と、ボロ雑巾のようになった代官が吾作と村人達に指をさしながら叫んだ。吾作は代官を見ると、一瞬で代官の目の前に移動した。代官は、

「ひゃっ!」

と、叫んだが、吾作はそんな事はお構いなしに、

「今回の事は、わしもやり過ぎました。で、でも、わしは自分の生活を、おサエちゃんとの生活を壊されるのが、どうしても納得出来ませんでした。どうか、わしら夫婦をこのまま見逃してくれませんか。」

と、言うと、代官の目の前でやはり土下座をした。そしておサエも土下座をし、そこにいる村人達、庄屋さん、与平も土下座をした。代官はその光景を見て、何を言ったらいいのか、もう分からなくなっていた。その時、庄屋さんが一人立ち上がり、

「今回のこの騒動は、最初にわしが代官様に何の報告もせんかった事から始まっとります。だもんで、今回の責任のすべては、わしがとります。

 ほいだもんで、ここにいるみんなを許してやって貰えませんか?吾作も今回だけは、本当に化け物らしい暴れっぷりをしましたが、普段は優しいいい青年なんです。全く悪さなんてした事もありません。ほいだもんで、この通り、この通り、吾作が化け物だ、と、いう事を見逃しては頂けませんでしょうか。

 どうか、お願いします。」

と、言うと、もう一度、ゆっくりとその場で土下座をした。これを見た代官は縁側の奥に向かって、

「まあやめだ。刀を降ろしん。」

と、命令した。すると、

「ハ!」

と、言うかけ声が聞こえ、そこから刀を持った別の侍が姿を現し、代官の近くに来て正座をした。その侍を見た吾作は、

(あ、この間のもう一人の侍。わしに斬りかかって来た人だ。)

と、すぐに思ったが、黙って代官の話を待つ事にした。

 代官は、一息、ハア〜。と、大きく吐くと、

「・・・おまえ・・。吾作と申したかな?おま・・そなた、本気を出しとったら、わしらなんか一瞬で殺す事ができたのだろう。ほんでも、そなたはわしらにそんな事はせんで、ただ服をボロンボロンにしただけだわ。こんな情けない姿を村の集や庄屋に見られたなんて他の代官やお奉行に知られたら、それこそわしの恥だわ。今日の事はなかった事にしたるで、絶対誰にも言うなよ!分かったな!」

と、半分うなだれた様な、開き直った様な顔をして、そこにいるみんなに話した。庄屋さんは、

「ゆ、許してくれるんですか?わしら、おとがめなしですか?」

と、あらためて聞くと、

「ないわ!これ以上話させるな!わしがだんだん情けなくなるで!」

と、ちょっとイラつきながら話した。それを聞いた村人達は、

「おおーーー!」

と、歓声をあげて喜んだ。吾作とおサエも、抱き合って喜んだ。それを見て代官が、

「なあ、吾作。おまえさっき空を飛んだろ?それ、わしも飛んでみたいわ。今日はいいで、今度、この屋敷に来て、わしを飛ばしてくれんか?どえらい楽しそうだで。」

と、吾作に言った。吾作は、

「いいですよ。夜になりますけど、ほいでいいんなら。」

と、笑顔で言うと、代官も、

「ほりゃ楽しみだわ。」

と、にこやかに返した。こうして吾作達を含む村人達全員が、代官の屋敷を後にした。帰りの道中、当然吾作、おサエ、庄屋さん、の三人は村人達にあらためてコテンパンに怒られ、三人とも反省したが、

「まあ、確かに知っとったら、わしら芝居もできんし、お代官様に一泡ふかすのが目的だとしたら、失敗するかもな。」

と、言う事で許してもらった。その時村人の一人がふと、

「吾作、おまえ何かどえらい事をお代官様にしとったけど、何か葬式の間にあったんか?」

と、疑問に思った事を吾作に聞いてみた。吾作は、

「ん〜、何かわしもよ〜分からんだけど、昨日、お墓で寝たらやたら元気になっとって。頭もどえらい冴えとって。ほいだもんで今日はいろいろ出来たんだわ〜。」

と、話したので、おサエが、

「え?これからお墓で毎日寝る気?私ヤだよ。ウチとお墓の別居生活なんて!」

と、言ったものだから、みんな大笑いをした。

 そんな話をしながら吾作とおサエは自分の家に戻った。ちょっと久しぶりに自分の家で寝る事になった吾作は、

「やっぱりここがいいわあ。」

と、言うとおサエも、

「本当に元に戻れてよかったわ〜。」

と、ホッとしながら葬式の後の片付けもせずに、二人で縁側で星を眺めていた。

 こうして長い一日は終わった。

 後日、吾作は村人数人とお寺の近くまで来ていた。和尚さんに言われた、

『お寺にネズミが大挙していて困っている』

問題を片付けるためであった。

 吾作が目をつむり、境内のネズミ達をお寺の外に出して、自分のところへ誘い出すという作戦だった。その光景を和尚さんもお寺の門の内側から見守っていた。しかしネズミは全くもって一匹も出てこない。吾作は、

「ん〜・・・、何か多分だけど、神や仏に守られとる場所は、わしの能力は全然きかんみたいだわあ。」

と、申し訳なさそうに言った。村人の一人は、

「ほか〜。あかんかあ〜。ほんならみんなでお寺の中のネズミを追い出して、寺の外に出たところを吾作に捕ってもらうしかないなあ。」

と、言うと、

「吾作でもあかんのかあ〜・・・。」

と、和尚さんはガクッとその場に膝をついて四つん這いになった。そんな訳でその日は一日徹夜でお寺のネズミ退治をしたが、吾作もいつネズミが境内の外に出たか把握できず、あまりネズミを捕まえてられなかった。そんな訳で、お寺のネズミ退治はほぼ無駄に終わったのであった。

吸血鬼 吾作 十三の一 へつづく

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