吸血鬼 吾作
こうして数日後、和尚さんは吾作の家に和尚さんが作ってくれた、新しい横に寝る事のできる大きさの木箱を持ってきてくれた。
まだ吾作の寝ている昼間だったので、日が落ちて目を開けると目の前に巨大な木箱が置いてあるので吾作はとても驚いた。しかしすぐにそれが自分の木箱だと分かったので、吾作はとても嬉しがり、自分の寝ている場所にそれを置いた。おサエは、部屋が狭く感じて若干窮屈な気もしたが、吾作も喜んでる事だし、まあいいか♪と、あまり気にしなかった。
そして吾作はネズミ退治に遠出をして日の出前にありがと家に帰ってくると、さっそく木箱を開けて、横になって、足はこっちの方がいい?だの横向きに寝てみるとどうだろう?など、いろいろ木箱で楽しんだ。おサエも朝早くから吾作のその行動にいっしょになって楽しんだ。ひとしきり楽しんだ後、
とりあえず木箱の底には布団を敷こう。
と、なり、吾作の普段使っている敷布団を敷いてみた。木箱には少し大きかったのか、木箱からはみ出してしまったので、とりあえずこの日は吾作のはんてんやジンベエなど、最近着ていない服を敷いて、今後、またどこかでもらってくるかしよう。と、いう話になった。そうしてその日の朝、吾作は始めて木箱で寝てみた。
その日の夕方。日が落ちるといつものように目が覚めた吾作であったが、特に格段に気持ちいいとかはなく、これなら布団で寝るのとたいして変わらないので、
「う〜ん。何が違うんだろう?」
と、吾作はおサエに話したが、おサエは、
「その時がたまたますんごくよく眠れて、たまたますんごく寝起きが気持ちよかっただけって事はない?」
と、吾作に言った。吾作は、
「そんな事はないと思うんだけどなあ・・・」
と、ぶつぶつ呟いた。それを見たおサエは、
「まあ吾作があれだけ言ったんだから何かすんごく違うトコがあるんだろうけど・・・。ちょっと今からお墓行って何が違うか見といでん。ほしたら何か分かるだらあ。」
と、吾作を促した。吾作は、
「え〜。今からお墓行くの恐いわあ〜。」
と、渋った。
「何を今さら言っとるだん!一回ぐっすり寝てきたくせに!」
と、おサエは半分笑いながら吾作を怒鳴りつけた。
そんな訳で吾作は一人、夜のお墓へ行ってみた。夜の墓場は人気がなく、物悲しい感じだったが、吾作は不思議と気にならないどころか、少し居心地がよかった。それをすぐに感じとった吾作は、
「え?やっぱりわし、お墓で寝るべきなのか?それはヤなんだけど・・・」
と、思いながらも、自分が一日だけ眠ったお墓の前まで来ると、その自分の名前の書いてある墓標を見て、
「和尚さん・・・なんでこれこのまま?」
と、こぼした。まあ、いいや。と、思い、吾作は煙になって地中に埋まっている自分が一日だけ寝た棺桶の中に入ってみた。そこは体育座りをしないと中に入れないほど狭いのだが、吾作はその格好でも特に問題は感じないし、なんだか心地よかった。
(この体勢なのかな?でもこれじゃない気もするけど・・・)
と、思いながら、しばらく棺桶の中で一人考えていた。
その頃、家で寝る準備をしていたおサエは、吾作の木箱を、じーっと見つめ、
「こん中、居心地いいんかな?」
と、独り言を言うと、おもむろに木箱のふたを開けた。そして、
「よっこらせ♪」
と、中に入って座ってみた。木箱の中はおサエにはそんなに窮屈ではなく、
(意外と居心地がいいんじゃない?)
と、思ったおサエはそのまま仰向けに寝てみた。すると周りの雑音もなく、季節は梅雨入り前のちょうど涼しい時期だった事もあり、側面の木はしっとりと気持ちよく、床面には吾作の服が敷かれているからそこまで硬くもなく、ちょっと古い生地が臭いけどかなり居心地がいい事に気づいた。
おサエはつい、
「これ、私も欲しいかも・・・」
と、少し羨ましがった。
自分の棺桶から出た吾作は、家の木箱と何が違うのか、かなり真剣に考えこんだ。
(あの地中独特のしっとり感?それともあの姿勢?臭い?墓場だからかん?)
など、答えが出ないまま時間だけが過ぎた。そして、
「あ!わし、ネズミ退治に行かんといかんっっ!」
と、言うと、吾作は慌ててネズミ退治へ向かって飛んでいった。
明け方になり、吾作は木箱の事などすっかり忘れて家に帰ってきた。いつものように、おサエが起きないようにと、そっと家の戸を開けると、布団におサエがいない事にすぐ気がついた。吾作は、
「あれ?」
と、言うと、家の中を探してみた。するとおサエは自分の木箱でぐっすり寝ていた。吾作はつい、
「ちよっ!おサエちゃん?」
と、声をかけると、寝ぼけたおサエは、
「あ、ああ〜。寝ちゃった。あれ?おかえり♪」
と、明らかに寝ぼけた返事を返してきた。吾作は、
「こん中で寝ちゃったの?体、痛くないかん?」
と、聞いたが、
「ん〜。そんなに痛くない。何か気持ちよかったよ♪」
と、満更でもないようす。吾作は、
「ええ〜。」
と、困った顔をしたので、その顔を見たおサエが、
「ほんな困らんでもいいじゃんかあ。私もちょっと欲しいな♪って、思っただけだで。」
と、言うと、そそくさと木箱から出て、土間に顔を洗いに行った。吾作は、
「ほんな寝心地よかったん?木箱?」
と、聞いた。
「ほだねえ。夏になったら暑いかもしれんけど、今日は気持ちよかったよ♪」
と、おサエ笑顔で答えた。
(ん〜・・・わしに用意してもらった木箱なのに、わしよりおサエちゃんの方が喜んどるやんか〜)
と、ちょっと困り気味の吾作であったが、おサエが、
「ほいで、お墓と何が違うか分かったの?」
と、聞いてきたので、
「ん〜、分からんかった。」
と、素直に答えた。おサエは、
「ほうか〜。ん〜。」
と、困った顔をしたが、
「また明日お墓行っといでん。」
と、吾作を促した。吾作は、
「ほだね。」
と、返すと、その日は寝た。
吾作は一度寝てしまうと、よっぽどの事があっても起きないのを分かっているおサエは、畑仕事もそこそこにいつも仲良くしているおばあちゃんを家に呼んで吾作の寝ている木箱の話をした。すると面白そうな事にすぐに食いつく性格のおばあちゃんは、
「ほんな寝心地いいんかん。わし、夜中もすぐに目が覚めちゃうもんで、ぐっすり寝れるんならすぐに試したいわあ。」
と、言ったが、
「ほんでも吾作の着物が臭うんだら?それれがねえ・・・」
と、なったので、おサエも、
「ほだねえ。ほんじゃ夜、まあ一回、家においでん。吾作が出かけたら吾作の着物出して、私の着物入れとくで。ほんならいいだらあ?」
と、おばあちゃんに言ってみた。おばあちゃんは、
「ほりゃいいわ。ほんなら畑仕事終わったら晩ご飯もいっしょに食べよまい。ほんで吾作が出かけたらそうしたらええだらあ♪」
と、すっかり乗り気になった。そうして話はまとまった。
日が暮れて吾作が目を覚ますと、木箱の外から声が聞こえる。吾作は(ん?この声は・・、)と、思いながら木箱のフタを開けると、目の前におばあちゃんがいた。吾作は思わず、
「え!何で?おばちゃん?」
と、寝ぼける余裕もなくなった。おばあちゃんは、
「あんた、本当に死んだように寝とるだねえ。フタ開けて見たらちょっと恐かったわあ。」
と、まじまじと言われた。吾作は、はは・・と、笑うしかなかった。おばあちゃんは、おサエといっしょに夕飯を食べていた。
「あ、ご飯食べに来たんですねっっ。」
と、吾作は言うと、
「違うて。その木箱、見に来たんだて〜。」
と、笑って吾作に話してきた。吾作は、
「おサエちゃん?」
と、言うと、おサエは、
「いいじゃんか!減るもんじゃないし〜。」
と、ちょっとだけバツが悪そうに答えた。
「え?中で寝る?」
と、吾作がおばあちゃんに聞くと、
「ふふふ〜・・・」
と、笑ってこまがされたので、吾作は(入る気満々だわ)と、思ったが、仕方ないと気持ちを切り替え、お墓に向かって出かけて行った。