吸血鬼 吾作
吾作が庄屋さんの屋敷に着いた時にはだいぶ空が明るくなってきていた。屋敷の正面の門は閉まっており、入る事は出来ないようになっていたので、吾作は塀を飛び越えて屋敷の玄関の前まで来た。玄関は閉まっていたが、鍵はかかっていないようだったのでそっと開けると、そこには村人四人が座ったままうたた寝していた。
「ただいま~…。」
と、吾作は小さく声をかけた。しかしみんな起きる気配がない。吾作は起こしたらいかんかな?っと思い、そ~っと物音を立てないように宙に浮きながら屋敷の中に入った。そしてこの日、最初に通された部屋のふすまをそっと開けた。するとそこには布団こそ敷いてあったがそこには入らず、机にほおづえを着いてうたた寝しているおサエがいた。吾作は静かにおサエに近づくと、
「おサエちゃん、ただいま。」
と、声をかけた。おサエはハっ!と目を覚ました。そして宙に浮いている吾作を見て、
「キャア!」
と、声を出して驚いた。
「もうびっくりさせんでよ!お、おかえり。」
と、おサエは目をパチクリさせながら言った。そして浮いているまじまじと吾作を見て、
「ほんな事もできるだかん。もう毎回びっくりさせられるわ~っっ。」
と、若干呆れた。そしてちょっと落ち着くと、
「終わったの?」
と、優しく吾作に問いかけた。
「終わった。」
と、吾作も穏やかに答えた。
「ねえ。これ、私も飛びたいわあ!かつげる?」
と、急におサエは目を輝かせて言ってきたので、
「たぶん。」
と、吾作は言ったが、
「わし、今、泥だらけだけど・・・」
と、おサエに言うと、
「ほんなん乾いとるし、いいだらあ♪」
と、にこやかに返したので、吾作は、
「ほんじゃ~。」
と、おサエをふわっと宙に浮いたまま抱きかかえた。おサエは、
「きゃあ!」
と、また声を出して吾作に抱き着いた。そして泥だらけの吾作の顔を見て、
「疲れとらんの?」
と、聞くと、
「何か、これになってから全然疲れんくなったじゃんねえ~♪」
と、吾作は笑顔で答えた。そして、
「まあ帰ろ♪」
と、吾作はにこやかに言った。と、思ったらすごい勢いでおサエを抱えたまま屋敷の部屋から外に出て空へ飛んで行った。
「きゃあああーーー!」
と、おサエはつい悲鳴をあげ、吾作の体に必死でしがみついたが、初めて空に上がった感覚に興奮した。二人はぐんぐん上空へ上がって行く。さっきまでいた庄屋さんの屋敷はどんどん小さくなり、その周りの田んぼもどんどん小さくなり、気がつけば村の周りの山々のてっぺんと同じ目線になり、ついに村全体が見える高さまでやってきた。まだ田植えの時期なので空に上がれば上がるほど空気が冷たく、風も強かったが、おサエはそれ以上に全体的に暗いけど東側から明るくなっていく、その美しく神秘的な朝の風景にますます引き込まれていった。それに吾作が体を抱えてくれてるだけにしては体全体が軽くなったような気がした。そして不思議と恐くなかった。
(まるで自分も飛んどるみたい。)
と、おサエは思った。吾作もこの日の上る前の神秘的な風景に少し感動して、おサエを抱えたまま、少し速度を落として村の上空を飛んだ。
「どえらいきれい~!」
と、おサエは興奮して大声で叫んだ。空を飛ぶのがこんなに気持ちいいんだ!と、感動していた。でもあまりに上空に上がっていたのでおサエは体が冷えてきて、ぶるぶるっと身震いをした。すると、
「あ、恐い?」
と、吾作が言った。おサエは、
「ちょっと寒くて・・・。吾作は寒くないの?」
と、聞いた。吾作は、
「全然寒くないなあ。」
と、普通に答えた。おサエはあまりの風の冷たさに、吾作に抱きついた。しかし吾作の体は冷たく、全く人の温もりが感じられなかった。
(この人はやはり化け物になってしまったのだわ・・・)
と、おサエは少し寂しい気持ちになった。しかしそれよりも寒さが勝っていたのでまた身震いをした。吾作はおサエの寒がっているのを感じ、
「そろそろ戻ろうか?」
と、優しく言った。
「うん。」
と、おサエは答えた。そして二人はゆっくり家の方面へ向かって下降していった。しかしその時、山と山の間から日がさしてきた。
「げ!お日様!」
と、吾作は焦り、一気に急降下した。おサエは、
「ちょ!吾作~~~!こ、恐い~~~~~~!」
と、叫んだ。しかし吾作はそれどころではなく、田んぼすれすれのところで地上と平行になると、家目指して一気に飛んだ。
「ご、吾作~~~~~~!」
と、おサエはまた叫んで吾作を見たら、吾作は大きなコウモリに変身していた。それにびっくりしたおサエはつい手を離してしまった。そしておサエは勢いよく田んぼに落ちて、ごろごろごろごろごろごろ~!と、泥をまき散らしながらでんぐり返しを五回転して、ようやく止まった。
「ぷはーーー!ご、吾作~~~~~!」
と、全身泥まみれになったおサエが怒って吾作に向かって叫ぶと、そこは家の一番近い田んぼで、家の中から、
「ごめ~ん。」
と、声が聞こえた。
日が登り、村のみんなが起きると全ての田んぼに苗が植えられているのですごい騒ぎになった。庄屋さんもそんな騒ぎに起こされ、屋敷を出て外の辺り一面苗の植え終わっている田んぼを見て愕然とした。
「これだけやっただで、吾作を許してやったらんとみんな納得せんと思いますよ。」
と、朝まで屋敷の玄関でうたた寝していた村人が庄屋さんに言った。その村人の周りには残りの三人も来ていた。
「わ、分かっとるわい!」
と、庄屋さんはバツが悪そうにまた屋敷へ入っていった。
村人達は安堵して、
「吾作のやつ。何でわしらを起こさんでおサエちゃん連れて帰っちゃうだやあ。おまえを待っとったっつーのに!」
「ほんとだわあ。変なトコで寝たもんで体中が痛いわあ。」
と、その日、屋敷の玄関で寝た四人で笑い話にした。
全身泥まみれになったおサエは近くの川で全身を洗い、泥を落とすと、少し怒りながら家に戻った。
「吾作!」
と、声をあげたが、吾作はすでに布団に頭から入って寝入っていた。おサエは、ため息をつくと自分も寝る準備を始めた。